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「外の人を呼ぶことで地域の力をつけ、依存状態から外れることを目指したい」と語る「夢の力プロジェクト若狭(以下:ゆめわか)」の発起人、西野ひかるさん。ピースボートの旅を終えて、これから目指すものや、クルーズで印象に残った沖縄の基地問題から感じた若狭の原発問題について語っていただきました。

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(photo:原発に頼らない地域作り、地域興しに取り組む小浜の人たちとの交流会にて)

◆ それぞれの“現地”が抱いている思い

今回の旅で、とくに印象に残ったのは、沖縄の辺野古を訪れたときのことです。沖縄の基地問題、とくに辺野古に滑走路が作られる事で、美しい海が破壊されてしまうという話は、知識としては知っているつもりでした。でも、現場を訪れて、「私は何にもわかっていなかったんだ」という思いになったんです。

私は新しい基地ができなければ、きれいな海が残るものだと思っていたのですが、実際には滑走路がないだけで、海岸の半分ほどは、以前から米軍が接収していて、鉄条網が張ってありました。すぐそばの海を米軍がゴムボートに乗って疾走していき、漁師さんに聞いたところ「近海は米軍のもので、自分たちは網を入れることもできない」と言われました。金網の向こうでは、美しい珊瑚や貝殻を踏み潰しながら米軍が上陸訓練を繰り返していました。それを見て想像したのは、長年この海とともに暮らしてきた人たちの気持ちでした。このきれいな海や空、砂浜がひどい使われ方をして、出入り禁止とされて、どんなに胸が痛むだろう? と思ったんです。

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(photo:辺野古の海からキャンプシュワブを望む)

抗議テントの近くには漁協の建物があり、「敷地に入らないように気をつけて歩いてください」と言われました。ここでも、賛成派と反対派の緊張関係があるんだと思いました。漁港では釣りをしている地元の人たちがいました。「この人たちは、私たちのことをどんな気持ちで見ているんだろう」と思いました。「どうせ本土からやって来た奴らが、ちょっと見てわかったような顔をして帰って行くんだ」「俺たちの気持ちなんか、わかってたまるか」そんなふうに言われている気がしました。

どんなにわかろうとしても、私は沖縄の人たちの気持ちをわかることはできない。おじい、おばあ、もっと前から刻まれた傷を知ることはできない。でも、私は海が大好きだから、この海を埋め立ててほしくない。もし、それを言った時「どうせ本土の人間はきれい事を言うだけだ」「事情もわからずに口出ししないでくれ」と言われたら…?

私は原発立地の「内」の人間として、「外」の人たちに言いたい事があって、このクルーズに参加しました。それがここでは、自分が「外」の人間になってしまったのです。内と外とが逆転する、目がぐるりと反対側に付け変わった気がしました。

「外の人は何もわかってくれない」という感情は、それぞれの問題を抱える地域の人々、それぞれの「現地」が抱いている思いなのかもしれません。確かに、当事者でないとわからないことがたくさんあります。でも、そこに反発してしまったら、外から何の協力も得られなくなってしまいます。

私自身、大飯原発再稼動のあと、地元と外の原発をめぐる声があまりにギャップがあるので「若狭を守らないと」と感じて必死になりました。その「わかってもらいたい」という気持ちが強すぎると、「どうしてわかってくれないの?」と苛立って、感情的になってしまいます。でもそれだけではダメなんです。

変な被害者意識に捉われず、わかろうとしている人を跳ね除けず、どうやって外の人たちとつながっていけるのか、それを冷静に模索することが大事だ。辺野古を訪問したことで、それに気づく事ができました。

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(photo:浜をさえぎるブロックと金網が基地との境界線。平和の願いをこめた市民が布やバナーをくくりつけている)

◆大きなものに依存する社会を変えたい

「ゆめわか」のグループとして、今後は交流事業に積極的に取り組んでいこうと考えています。今回ツアーを企画して、私たちにも手ごたえはあったし、参加者の方から「またゆっくりと訪れたい」という声もいただきました。ピースボートと協力しながら、原発立地地域から考えるようなツアーをいろいろと企画してみたいですね。現地の事情と外の人たちの思いと、両方の気持ちが伝わり合うようなものにできればいい。

原発の問題は、知れば知るほど、現代社会の様々な問題が詰まっています。「現地」だからわかる事、外にいるからわかる事、両方があってはじめて、この複雑な問題の本質が見えて来るように思います。様々な立場の人が交わることで、これからどうしていけばいいのか、ということも見えてくるのでは、と思っています。

_DSC5260(photo:小浜で原発反対の声を上げてきた明通寺住職の中島哲演さん)

もうひとつ、私が個人的に追求していきたいことがあります。抽象的になってしまうのですが、「群れ」と「個」についてです。日本人は「群れ」、つまり集団、国としては、とても強く、ここまで経済大国に成長してきました。今は陰りが見えて来たので、「群れ」としての日本が、どうやれば再び強くなれるかという議論を誰もがしているように思います。

でも、これから必要なのは、「群れ」としての強さではないように思うのです。戦後から経済成長を経て現在に至るまで、「群れ」としては強く大きくなったけど、「個」としては逆にどんどん弱くなっているように感じます。

一見強そうに見えても、単に群れのシステムに乗っかり、便利なものを操っているから「強い」「何でもできる」と勘違いしているだけで、実際はとても弱くなっているように思います。「原発はイヤだ。でも、電気料金が上がるのもイヤだ。生活が不便になるのもイヤだ」という意見を聞くにつけ、そう思います。

「大きなものに依存している」という意味では、原発立地地域も都会の生活も変わらないんじゃないか、あるいは日々の暮らしでいえば、都会の暮らしの方が、よほど依存度が大きいのではないかとも思います。若狭に「脱・原発依存」が必要なら、都会に住む人にも「脱●●依存」が必要なのではないでしょうか。

衣食住、職、エネルギー。暮らしのどこかで自立・自給することを試みる。そうすればありがたさがわかるし、無駄にしない。いいとこ取りではすまないこともわかる。たいへんな部分を人に押し付けて、見て見ぬ振りをしていた自分にも気が付く。そうやって、ひとつひとつの感覚を自分の手のひらに取り戻して行く事が、必要なのではないか。私自身、日々の生活の中で、そういった小さな転換を積み重ねて行きたいと思っています。

_DSC5371(photo:敦賀で行われたシンポジウムの様子)

    (3回シリーズ終わり writer:TM)

 原発立地の内と外をつなげたい(上)はコチラ
原発立地の内と外をつなげたい(中)はコチラ

敦賀訪問の一部のツアーの報告に関してはこちら
敦賀で行われたシンポジウムの映像はこちら

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